2009
11月 15

ハードカバーの時点で表紙を見ていて気になっていたものが文庫化されていたので衝動的に買ってしまい、一気に読了。上下巻分冊。
 
ハードカバー時に原題「improbable」を目にしており、これが気になっていたメインの要因。この原題を「数学的にありえない」と邦訳した時点で素晴らしい。勝っている、と思った。
確率論、統計学を教える立場であった主人公が、持病の発作と戦うべき時にポーカーで大負けしてしまい、多大な借金を抱えるどん底から物語がスタート。
その後、借金取りの手をかわしながら兄弟やコネを使ってなんとか凌いでいるうちに、別系統で語られていた複数の事件が複雑に絡んでくる。
 
確率論や哲学、量子論などの各種要素が実に巧妙に物語に組み込まれており、それら情報を読者に提示する場面も非常に自然で飽きさせない。別系統で進行している事件に視点がどんどん飛んでいくさまは海外ドラマ「24」を彷彿とするが、それらの別視点の事件が、主人公の見る系統である事件本筋に絡んでくる過程も実に見事。そして不意打ちのように繰り出されるトリックはもはやガード不能技といっていいレベルの破壊力がある。
 
映像で凄く映えそうな描写も多く、映画で見たい作品。映画化もありえるのではないかと勘繰ってしまう。SF的なアイデアとミステリ的トリックと海外ドラマ的なサスペンス感が見事に同居した傑作。

「紫色のクオリア」 うえお久光/電撃文庫

Posted by h-wired on 8月 19th, 2009
2009
8月 19

「悪魔のミカタ」の著者が電撃HPに掲載した、イラストレータとのコラボ企画短編を、書き下ろしを含めて一冊の長編にしたもの。
 
タイトルに含まれているクオリアをはじめとするちょっとした哲学的な要素が、SF設定に実に見事に折り込まれている。基本的に主人公の一人称で物語は進行するが、SF的トリック(あるいはレトリック)でそれが高速に破壊され始めるくだりは圧巻。
帯の概要にもある「他者がロボットに見える人物」という設定は、どうしても火の鳥の未来編を連想してしまうが、実に順当に(そして表題に忠実に)その予想を裏切ってくれる。そして、そこから導き出される破壊的な展開は、読者が無意識的にしている期待を遥かに凌駕している。
SF的な理詰めでの展開を見せる本作だが、やはり締めの部分は主人公の動機に行き着く。あまりの速度での理論展開に慣らされてしまった読者は、一瞬これを期待外れと感じてしまうかもしれない。しかし、発生した物語の原点を考えると、最早これ以外ない、といえる完全な締め方である。
 
ネタバレを避ける為に抽象的な話に終始してしまったが、積極的な興味を持たない人間でさえ一気に引き込むことのできる、非常に力に満ちた作品なので、少しでも気になった向きは是非手にとってもらいたいところ。特にハヤカワSFを読むような人間は必携といえるだろう。損はしない。
SFとしてもライトノベルとしても、近年稀に見る傑作。

「からん」 木村紺/アフタヌーンKC

Posted by h-wired on 6月 10th, 2009
2009
6月 10

「神戸在住」の木村紺による女子柔道漫画。
現在2巻まで刊行されている。
 
1巻を読み始めた時の違和感は「神戸在住」との違いによるもので、この違和感の正体はすぐに判った。「からん」は前作に比べて、非常に三人称的に書かれている。
主人公の独白(いわゆる思考)はある程度書きこまれているが、やはりそれは「神戸在住」的ではない。主人公以外のキャラクタの独白もほとんど同じくらいに書きこまれているし、主人公不在の場面も相当ある。
にも関わらず、この漫画が非常に「木村紺的」である原因は、その五感描写にあるのではないかと思っている。人と話す場面での微妙な「間」の書き方。格闘技という場面での、毛が逆立ち、鳩尾が冷えるような緊張感の描写。そしてなにより、格闘時の体感音が印象深い。
 
噛み締めた歯が鳴らす軋みの音。胴着を掴まれた組み手を振りほどく際の、周囲にはそう聞こえないであろう音の描き方。主人公が相棒に抱く幻視の風の音。
こういった非常に一人称的な感情や体感の描写が、「からん」という作品を「木村紺的」にしているのだろう。最初の違和感とは大きく違い、やはり木村紺の作品の方向性は変わっていないと感じる。
 
2巻では各キャラクタの動機について深く言及されているが、これも非常に三人称的で面白い。柔道に邁進し成長していく、いわゆる主人公枠にいる京が、描写上主人公の位置に据えられていない。そこにいるのはさしあたっての導き手である高瀬だ。これは観測上の天才性を演出する目的もあるだろう。それほどに京の動機と天才性は熱い。
 
これ以上は感情論になるのであまり的確な言葉が見当たらない。しかし「からん」は格闘技経験者に限らず、勝負事全般を経験した事のある人間(=ほぼ全ての人)に、この感情の是非(もしくは善悪、その他基準)を問いたくなる逸品。凄まじい作品といえる。

読了。

「殺人事件が起きるまで」を非常に詳細に描いている、ミステリとしてはかなりの異色作。前作として位置づけられている「扉は閉ざされたまま」の人物が出てきてはいるが、物語としては完全に別のものになっているので、これを最初読んだとしても違和感はないだろう。相変わらずこの作者の描く登場人物の動機は変わっていて、「犯人に殺される為に状況を作る主人公」という設定。この一見非常識ともいえる動機を、巧く状況を設定する事によって、ある程度自然に見せる事に成功している。主人公の視点からの描写も見事で、「犯人は”主人公はこう考えるだろう”と考えるはずだ」といった頭脳戦的な展開が実に読ませる。
 
事件が起きていない以上、解決に向かっているというカタルシスはないし、いわゆるミステリ的なトリックも配されていないが、視点、時系列、殺人の意志などが非常に美しく組み合わせられている。さらに、ミステリとしての構造も面白く、「読者が与えられた情報を元に犯人を推理する」形ではなく、「与えられた情報を元に、探偵役がいかにして犯人を推理するに至ったかを推理する」というメタ構造的なミステリになっている。おそらく、そのミステリ部分を意識せずに読んだとしても、サスペンス的に面白く読めてしまうはずだ。この完成度には参った。
 
ミステリを読む人にも、そうでない人にも勧められる秀作。面白かった。

「扉の外 Ⅲ」 土橋真二郎/電撃文庫

Posted by h-wired on 10月 24th, 2007
2007
10月 24

こちらも積んであったものをようやく読了。シリーズ最終巻。
 
閉鎖空間偏愛者として追いかけていたが、1巻、2巻に充分に感じられた閉塞感を、今回綺麗に切り捨てている部分が残念。もっとこう、限られたリソース感を醸し出してほしかった。今回のゲームはガジェットを介してFPSともMMOとも思えるサイバースペース的なものに移行。このゲームもルールが大局的になり、リソース感は雰囲気程度に。代わりに閉鎖空間での人間関係をゲーム内に展開する、という手法になっている。
 
真相の解明もいま一つぴんとこなかったが、その後の「レイヤー世界展開」は個人的にスマッシュヒット。ここでそのやり方を持ってくるとは思わなかった。なにひとつ解決しているとは言い難い形だったが、閉鎖空間での無力感としてこれは充分にありだと思う。巧い締め方。
 
総じて見て、よほど閉鎖空間に偏愛がない限りは1巻のみを読む事をお勧めする。人に勧められるかどうか微妙なラインではあるが、設定の段階で「勝っている」部類の良い小説だと思う。面白かった。

2007
10月 24

魚蹴さんのこのエントリを見て以来、買ったもののずっと積んだままにしてあったものを一念発起して一気に読了。
 
色々な作品に影響を与えている、という表現は正にその通りで、実際に読んでいる間じゅう他の作品が次々に思い出された。あれもこれも、といった具合。魚蹴さんの指摘している「エウレカセブン」などは正に「ブラッドミュージック、主人公的にハッピーエンド版」だろう。
「変化」以降、本当に急速に序盤の日常的な空気がかけらも感じられなくなり、主人公の研究者としての描写などがはるか昔の事であるかのように感じられてくる。一気に読んでいたはずなのに「もうあのころには戻れない」感ひとしお。
 
作品としての「ブラッドミュージック」の焦点は、まさにこの部分にあるだろう。ホロコーストを観測する人物として数人が設定されてはいるが、それら人物のその後は全く語られない。当然だ。「破滅」だから。これはやはり進化、変化などではなく、人類にとって明確に「破滅」の話なのだと思う。「ヨコハマ買い出し紀行」の優しいホロコーストを連想してしまう。
 
あまりに原型過ぎて、人によって連想する作品の違いがあるのが面白い。傑作。

「Fake」 五十嵐貴久/幻冬舎文庫

Posted by h-wired on 8月 29th, 2007
2007
8月 29

謳い文句に「日本版スティング」とあったのでとりあえず的に。
よくも悪くも本当に日本版スティング。最終的な騙し部分は物理トリックとして少し無理がある気もするが、そもそもミステリとして書かれている訳ではないし、伏線もきっちりしているので許容範囲か。インパクトを与える事には成功していると思う。こういったイカサマ系の常として、「情報の差を得ている」という緊張感が継続して書かれている。メインの事件に差しかかるまでの、いわゆる発端の事件にも緊張感のあるシチュエーションが使われており、全体的に上手く仕上がっている。
厚みからしても結構な分量があるはずだが、それを一息に読ませてしまう引きの強さは素晴らしい。キャラ立てもしっかりしており、続きものとしても上手く纏められるだろう。一定以上は確実に楽しめる良作。

2007
8月 27

全ての要素が事件の収束の為に用意された、実によくできた本格ミステリ。舞台が学園にも関わらず登場人物が総じて老成しすぎていて、物凄いハードボイルド成分を醸し出している。リアリティに欠けるというきらいもあるだろうが、個人的には高校生を必要以上に幼く書いていない部分に逆に好感が持てた。こんな高校生だってありだと思う。トリックに関しても、物理、状況ともに考え尽くされており隙がない。読者に気づきを得させ、考えさせる伏線も充分で、久しぶりにミステリらしいミステリを読んだ気分。

本番の物理トリックに伴って叙述トリック的に伏せられている部分が多々あり、それがハードボイルド文体と合わさって少々冗長になっている向きはある。序盤でその叙述のうちの一つに気づいてしまい、自分の学園もの好きもあって終始ずっと萌え続けていたのは秘密だ。一つ一つを切り取ると既存のトリックと似通っているものが殆どで、元作品の例示ができるほどだが、組み合わせる事でその印象を違ったものにできているところが受賞の最大の所以だろう。
最後の最後での大きなミステリ的カタルシスを期待してしまうと肩すかしを食うかもしれないが、総じてレベルが高い。違和感なく読み進められるかどうかを軽く店頭で判断して、大丈夫だと思えば買って損はないはずだ。人に勧められる価値のある一冊。

「イナイ×イナイ」 森博嗣/講談社新書

Posted by h-wired on 8月 13th, 2007
2007
8月 13

「Xシリーズ」と題して新章突入。
と銘打ってはいるが、やはり森博嗣、「全体で作品」の姿勢は一貫している。ここまでくると楽しめる人間が相当限られてくる。前情報なく単体でこれだけを読んでもさほど大きな面白さは得られないだろう。パズルのピースであり、単体の価値はさほど高くない。
しかし、今まで読んできている人間に対する配慮は相当大きいように感じられた。噛み合った時の面白さは格別。特にVシリーズが好きな人にお勧めしたい。

2007
8月 13

映画のパンフレットで初見。そのパンフレットの絵面の閉鎖空間っぷりが素晴らしく、閉鎖空間好きとして要注意、とタイトルを記憶していたが、その後寄った本屋にて原作文庫があったので衝動的に購入。読む直前に著者のプロフィールに劇団「大人計画」の文字があるのを確認して、「どこかで聞いた名前だ」と少し考えて思い出した。フリクリのナオタパパの声の主。個人的にあの演技は相当好きな部類に入る。意外な形での再会。
内容としては閉鎖空間度はさほど高くなく、むしろ社会的な閉塞感に終始している。普段余り読まない文体だったので、最初は多少抵抗があったが直ぐに慣れた。話の構造の面白さで魅せるタイプの物語ではなく、文体と、一人称の意志の力強さで引っ張っている印象。表現が限界まで直接的で、人によってはあざといと取る向きもあると思われる。好みが分かれるところだろう。映画的になるとしたらこれはどうか、と思える表現も多々あるので興味がある。うまく時間が作れれば映画版も見てみたいと思う。

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